絹ごしの音、紗の瞳孔 市村マサミ
携帯電話の液晶画面を凝視しながら突っ込んでくる狂人をすり抜けて
俺は野菜に「さん」付けをするような女に会いに行く。
チェーンはギアにしっかりと咥えられていて自転車は風を生み出す装置。
風は口笛を生み出す装置。口笛はエンジンの即興音楽だ。らりほ。
花殻の祭りの後の銀橋で。
エンジンが萎えてしまう。
濡れ綿の如き雲の裂け目からしんみりしんみり月光を点眼する。
エアーを吸引して、商店に「お」や「さん」を付ける女に会いに行く。
フレッド・ブラッシーの心地でだ。
張り詰めた卍固めの夜の底。
足よ動けよ。チェーンを回せ。風を起こせよ。音楽鳴らせ。
現実に噛み付くと空間から血液が滴り落ちてきた。
ボケた頭の豆腐にかけてビールでほろりとやればいい。
飯の相談に夢中になって荒野の七人みたいに向かってくる狂人どもをやり過ごし、すっかり飛んでしまった俺の目玉。
俺の目玉の月光臭をかいで、女は部屋を出て行った。
「何処へいくの?」と尋ねると女は
「お豆富屋さん」というのであった。
ああ、絹ごしだな、とわかるくらいにつるりというのであった。
俺もまた「ああ、お豆富屋さんね」といってジャンプして、少しだけ口笛を吹くのであった。