フォノン    青野直枝
 
 

樹は垂直に思考しながら身重の枝をやすめよ
うとしている 散り急ぐ花弁は熱度を持ち
やわらかな土 水脈を辿ると零下の氷が亀裂
する境界を待っている 陽がまぼろしのよう
に明るい 伝令をもつ鳥は飛び立っていけ 
座視のはてに聞こえる音もある 花弁がやわ
らかな
土に触れるときの音だ

午睡の帆布を解くと丁度いい太さの糸になる
途中まで解くとあなたは唐突に翅を編み出し
た 選んでいたのかもしれない きっと
山脈を越えた鳥は其処を幾巡もして最も鋭い
岩に停まった 残雪のために凍え囀ることも
出来ない 山神の眠りが大きな吹き溜まりを
つくり 鳥は再びの羽ばたきでもって時の訪
れを知らせる

(あなたは逆光の中で
そのものが透けているのを見ていた)

夥しく花が散っても尚 樹は自らの重さに枝
をたわめる 誰が風を呼んだのか 迂遠なポ
ケットの中にまで花弁が入り込んだ 真昼の
あたたかさに蒸発する夢の音が聞こえる(触
れる、ときのような)

水溜まりは選ばれたのかもしれない
但し もうすぐ溶けて水になる

風を呼んだのは風自身だった 両目を開いた
山神は燃える緑に意匠を託し 鳥は羽ばたき
の斜角をゆるめ主の方へと旋回する 
音 音 音
私が見ているのは音だ 
散り急ぐものは熱度を持つ
(波動の向きに落下する翅もある) 
あなたは両手の針を止めた
思考に飽きた樹が上を仰ぎ見ると
凝結でできた雲がぽっかり浮かんでいた
 

 
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