忠告   落合白文
 

 
友人が転職をするとき
僕らは何も言わなかった
恋人だったら別だ。
彼は一度ならず二度も妻と別れた。
好き嫌いを別にすれば、子供が一番可哀相になる
だから、子供を作らなかったのだと彼は言った。
もし今度また結婚する時は子供を作ってからにしろと
十年来の好意から―別の友人が言った。その時は、
お前の子供を貰うからなと彼は言った。
次の職場で子供は作ればいいと僕は言った。
彼が新たに就職する工場は町はずれにあって
奇妙な塗装を施す工場に思えた
側を通ると、化学薬品の匂いが鼻につき
道路に面したガラス越しの作業場からは、
マスクをはめた大勢の人たちが
夜通し働いている姿が見えた。僕らはみんな、
そこに近づくときは息を止めろと、肺が駄目になる
からと親に言われて育った。
実際、彼は上司になる男から、煙に気をつけなければ
二、三年で消化器官が侵されると忠告された。
そんなのいまさら言われても知らねえわと彼は笑った。
小学校だった時、
僕らはそこの廃材置き場に忍び込み、貯水槽か
なんかになり損ねたプラスチック板を
(今は住宅地へと変貌した)空地へ運び出し、
あらゆる方法で破壊を試みた。
またある時は、大人たちが気づくまで
ガラスに小石を投げ続け、その挙げ句
赤ら顔の大人たちに捕まってしこたま怒鳴られた。
(彼が子供を捕まえたらぶん殴っている。)
最後にそこに行ったのは、酔っ払った僕らが
友人の運転する軽トラックの荷台に乗り込み、
わざわざ嘔吐しに行くだけの、高二の夏だった。
見周りをしていた作業員に追いかけられ、
通報されたからではなく、
当時僕らと同じ高校に通う女子生徒の父親が、
作業員として働いていることを知ったから。
その娘はいい娘だったから。口を聞いたことは
なかったけれど。
そして今彼は、夜の定時になると
自転車に乗り、(当時じゃ気づかなかった)
広大な敷地内の見回り点検を任されている。
これからは迷子に気をつけなくちゃなと誰かが
言った。冗談とも本気ともとれたが、彼はそれを
忠告として受け取った。「迷子に気をつけろ。」
そう伝えるべきだろう。
フェンスに近づく子供たちにも。
碑銘にでも刻むように
看板を掲げるのも一つの手だが、
それでも乗り越えてくるはずだ。
すでに僕らではなくなった
そいつらも。


 
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