水切り 細川航
晴れているのに、とおくが濁りだした
春の日の、トレンチコートのうわつき
架空の近鉄電車に乗って白昼をめざす
いま、わたしの頬を盗んだのは
吉野山を、おりてきた風か
水切りがつづく間に
こうして、わたしが生きていたことの
その証人とだけなってくれるか
という別れも
おさないものだったろう
あなたの家に吹く海からの風は
とてもはやく、いろいろなものを盗んでいく
あるいは、夏のにおい
わたしは、滞っている
あけすけに言ってみる、わたしは
滞っている
そのなかで、あなたは盗まれないよう
ブーツをはやく履き、食事代をはやく払う
それを、まぶしげに見てもいたし
まぶしげに、おもいだしてもいる、いつか、
この盗んでいく風に、あなたの立ち姿に
追いつくくらいの、強靭なはやさを
手にできるだろうか、水切り、
水切りはつづくか
水切りつづいているか
水切りはつづいている