ゆうぐれの色壷の  萩原健次郎

 

みなは、勾配のある水の溝を
流れるように退却した
無数の蟻は
濃緑の夕立に
放射されて
域のない、
素描を繰り返した

目前に見えているものすべてが
雨によって描かれたのだよ
散っていく
黒々とした
塵の命も、なにもかも

雨の手つきは
みどりの、色壺に筆を浸して
颯っと
ためらいつつも
破線を引いた

菰に隠れている
おさないひとがたが
ふたつに裂かれる
日付の赤丸に
恐々とした

はよう、
はよう、と

熟していく時間のうちで
はてしなく破裂していこうと
叫声を張りあげて
ぬるい
熱の域をつくっている

もう、時刻を捨てて

帰りながら、覚めて
涙を行商したりはしない

色を売り、
雨に、非時まで打たれ
打たれ、つづけて
また、
色を売り、

降られるままに、
身がとけて

色壺の中で、息をする



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