ブルードロップを追いかけて  田代深子



黴と錆の封をこじ開け
とび散ったブルードロップを探し集める
これがいま俺の生活

教習所の頃から右折に迷い右折を怠ってきた 二〇年近く経ってなお右折のさなか迷いを生じ警笛で忘我する 陽炎のわく敷きたてたアスファルト 茄子垂れる家庭菜園の傍ら 焼けた贖罪の十字路から右折して五メートル 親達と妻が住む家は潤んでいる ブルードロップを義眼に嵌めた猫は易々と右折する ただ右折だけが

歩道を 子どもふたりが自転車となって走りくる スポークに挟まれているのはブルードロップ 彼らのうちきょう髪を刈ったほうは いまわのきわにその自転車である自分と友とコンビニ前の歩道の夏を想起するだろう 車輪が融けかけたアイスクリームを あ と息がとまる その想像をしながらいま俺が息をとめ

ブルードロップを呑み暴れる毛ものを囲んで石撃つ 毛ものが跳ねても当てずっぽうの石はまれに当たる 脆い関節が砕け頭骨も割れ痙攣が終わるとみな飽いて去る 俺は毛ものを開き臓物と石と選り分ける 食道に腕をつっこんでブルードロップを探る 蠅が汗を吸い 潅木の陰で肉と皮を待つ気配がさし迫る もう少し もう


今朝はやく見かけたブルードロップは硫黄泉の湯だまりで溶けつつあった こうしていくつもが失われていくだろう あますところなく夏だった空がすでに切れ端から爛れるよう 牛糞のにおいをふかぶか吸い煙草を一本我慢する 懲りもせず俺は左折を選び 土手につきあたって バックで脱輪すれば畦を掻くタイヤのおらび

見つけることはたやすく手にすることも 誰がなにに用いていても ただ探す 探すことは 諦めなさは 怠惰の徴であるか 爪はのびることをやめ 焦がしたマンデリンを挽き 湯をさせば香りがみちるばかりの空間でくらす ブルードロップは 釣銭もろとも転げ出る 線路の敷石に混ざり 黒だかる蜜蜂をのけ巣穴からつまみとる

とび散ったブルードロップ
黴と錆を冠りただ拾う
これがいま俺の生活



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