祖父の出典  清野雅巳

 

十代の頃
祖父とラーメンを食べに行った
国道沿いの店で食事して
勘定を済ませ出る段になり
祖父はふと振り返り店員に
うまかった と伝えた
普段はひどく無愛想なのに
らしくもない言葉だ
車のドアを開けようとすると
ボンネット越しに 祖父は
照れくさそうに笑った
こういう時に世辞をいっておけば
次に来た時にサービスが
良くなるかもしれないからな
しかし結局「次」はないまま
祖父はなくなってしまい
十年ほど経った後である映画を観た
「男はつらいよ ぼくの伯父さん」
シリーズ四十二作目の本作で
寅さんが甥の満男に柳川鍋を食わせ
給仕の娘にしきりに世辞を使う
振り返って満男にいう
こういう時にお世辞をいっておくと
後でサービスが良くなるんだ
おまえも覚えておくんだぞ
ぼくが十年前を思い出したのは
いうまでもない ただ
祖父が声をかけたのは
エプロン姿の中年男だったような
 
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