まな板給夫のいる風景   落合白文


「まな板給夫のいる」は高架線下の天使と
賭けをする。手札を伏せたカウンターが震える。
頭上で揺れる戦利品の数々―その一つ、
オレゴンと題された絵画。
黄色のテント内、突き出した支柱の傍らには
獣の爪痕が描かれている。彼女は言った。
「ライオンの爪痕よ。」それから配るはずだった
トランプの一枚を―例の白衣―白い胸元へと隠した。
「あれはJに見えた、本当かどうか
胸に聞いて見なきゃ分からないけどな」
かくして、
「まな板給夫のいる」は
彼方の「J」を思い浮かべる。
―Jungle。
ツタの絡まる木の上では
ヘラクライストオオカブトが
ギチギチと這い回り、幹と幹に
縛られていたハンモックも
熱心に揺さぶる少年の歯も、
ギチギチと悲鳴を
上げている。その一方で、
救いのラジオは無線機として使用される。

「レスポンス、レスポンス!」
ハイハイ、こちら「まな板給夫のいる」を乗せた船
スゥイヘイリィベ ボクノフゥネダヨ オーイェッ?
カリブの豪華客船だと?
モナコはどっちだって?
教えてやるよ、
モナコはこっちさ、と言って股間を指差す
「まな板給夫のいる」の身なりは
海賊そのもの。
高架線下の天使を口説き落として
何もかも手にした様子。彼女といえば、
わたし、このままじゃ腕がもぎれそう、なんて、
漕ぎ手の役目はそっちのけで
イタリア製ジェラートを舐め舐め
木片スプーンで、水面をちゃぷちゃぷ叩く
始末。そして時折、思いついたように
望遠鏡を覗き込んでは
ありもしない陸地を望んで
「お変わりはいかが?」だって!
海上を漂う僕等三人、
しばらく前からそうしている。

豪華客船は未だ現れない。或いは、おそらく
彼らから巻き上げる手筈の金時計は、今頃
奪取不能のシルクハットの中へ。話が違う。
僕は、そう、オールを外して漕ぐのを止める。
船っ縁で釣り糸を垂らしていた
「まな板給夫のいる」の鼻歌を黙らす
一撃にそなえて。するとあいつ、
「まな板給夫のいる」は泣き出しそうな顔をして
包丁を振り回すので―いや、
そうでないにしろ
船はもうすぐ沈むので
さっさと僕は 海に
       と
      び
        込む
            貝殻を拾いに
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