春夜香炉   六崎杏介


春の夜が外套に染み込み
街の回廊を浮浪させる
灰を零し
肺を満たすシガレットの仄赤い目配せが
無色な二つの瞳孔を破壊する
迂闊な路上にて
果てど亡い甘い雨を希求し
疵付けた仔山羊への
贖罪を探している午前L時に
包帯に包まった
女の靴もやはり仄赤く
交差される二つが喘ぐ
そんな夜に歩く危険を
少うし嬉しく思う桜の薬理
白衣の悪魔が覗くホテルのバスルームは
遠く
身体を覆う花薫りに
外套は街燈の所有となり
此の闇が終わりを告げる迄
二つの瞳孔は壊れゆき
此れとの別れの時を怖れている
魔術的な春の夜にて。


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