目には見えない   早坂恒


君がゴムを手にとる 僕の目には見えない
さすがの素早さなのだ
石の上にも三年と君は言う けれどもう十年も経っているんじゃないか?
好きだった音をもっと好きになれたのか?
風が紙を巻いていく あの紙には僕たちのすごした時間、すごした空気
読んだ本や観た映画、学習した言語や社会の成り立ちなど
すべてが書いてあり 読めば僕らを書き換えることができるだろう
そして君はゴムを手にとる 僕の目には見えない
ゴムをはじく音だけがきこえ
雷のようなすばやさで君は僕をすり抜けてしまう

君は体重が増えたか? そんなことはないか?
背が縮んだようにみえる
それから目が細くなったとも
好きな飲み物は変わったか? 君は紅茶を飲んでいる
十年前は缶コーヒーを一日三本くらい飲んでいた
君は自転車に乗る 盗んだものだったように思う
もこもこした黒い上着を着ている
僕たちのまわりには何人か
へんな言葉をつかう者がいた、僕たちはそれで笑った
今となっては笑えない言葉だ
とりわけ僕たちのひとりがそれを言いはじめたとき
君と僕は笑い そして僕たちは隣り合って座っているのに
まるで外国にいるような気分になったんだ
おい君は風邪をひいているのか? 煙草をすっているのか?
その煙草はいつもと同じように、煙が上にのぼっているのか?

校庭で
アスファルトで
公園で
すべりだいで
金網で
僕らは少しでもうごこうとした うええよこへ、歩いて足を動かして
腕を横に振ってはいけない、腕は前後に振るもので
着物を着ているみたいに内股になってもいけないのだ
僕らは絵を描いた、それから詩も書いたね
覚えている
リメンバー
けれど僕はもう君に会わない

君は僕の席だったか? 僕がそうだったのか?
今となってはわからないこと
でもわからなくていいと思う
君はわりと僕を混乱させるから
すべてが冷え切ってしまってからじゃないとぐあいがわるい
まるでつらら
歌をうたうのか、ご当地ソングだな
別れるときはいつもご当地ソングがふさわしいんだと思う
各地で君の歌を聞きたい
君の歌を歌いたい
誰にもばれずに僕はそれを歌うことができる
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