伝説   原口昇平
 

 
最大の帝国を夢見たのはあなただ。あなたの閉じた夜の瞼の裏でその地図が広がるごとに、誰にも把握しきれない都市が、卵核のように分裂を繰り返しながら増殖していったのだ。それゆえ当然のように叛乱も起こりつづけたが、それは帝国にとってはむしろ望ましいことだった。いくら侵略に抵抗する地域が外部と手を結びながら決起しようとも、それは必ずいつも鎮圧されるものであって、そのたびごとに繰り返し領土が拡大されていくからだ。

問題は、誰が、いつ、どこから、この幻の帝国に君臨し、どのような権力によって支配しているかということだった。それが明らかになれば、謀反人たちは体制を瓦解させるために攻略すべき目標と適切な戦略を導きだせるはずだが、いっぽうで鎮圧者たちもまた体制を保持するために死守すべき地点と適切な防衛策を同じように導きだせるはずだった。

だからこそ、誰もがその知られざる帝王の秘密を探ろうとして、先を争いながら冒険へと赴いたのだ。ある者は領海深くへ潜り、その底でいつしか溺れ死んでしまった。その過程でさまざまな資源が発見されたが、そのうち半分は侵略のための、もう半分は抵抗のための新たなエネルギーとなっていった。またある者は心理の森に分け入り、その奥でいつしか狂気という怪物に喰われてしまった。その過程で欲動をめぐるさまざまな知識が得られたが、そのうち半分は民の行動を制御するための、もう半分は民の反抗心を扇動するための新たな手法に結びついていった。そして事態はますます深刻になり、誰もが焦燥をきわめていったのだ。探せ、見つけ出せ! いったい帝王はいつ、どこにいて、どのような力を働かせているのか? この帝国の夢を受胎させ増殖させているのは、いかなる父、いかなる母なのか?
 
その正体はついぞわたしにもわからないのだが、あなたでなかったことだけは確かだ。わたしがそうであるのと同じように、あなたもまた、帝国の民の夢を夢見る同じ帝国の民のひとりにすぎなかったのだから。最大の帝国を夢見たのは確かにあなただ。しかしそのあなたを夢見たのはわたしだった。隷従と解放を夢見たのはわたしだが、そのわたしを夢見たのはあなただったのだ。夢の夢、その夢のまた夢のなかで。

 
 
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