JOY   市村マサミ
 
 

僕らは今ここに立って
騒がしかった夏の余韻を
懐かしがってる余裕もなく
地に落ちたひまわりの種が
霖雨に腐ってしまわぬよう
ひたすら手の甲に冷たさを浴びている
 
おんなじように首を垂れて
土気色した顔を伏せて
還る準備をしているのだ
よろこびもかなしみも
やすらぎも焦燥も
めぐることを止めるのだ
雨上がり
ほっと一息ついて
燃えてるような風景に愕然とする
 
 
なんて決定的な夕暮れなんだ!
 
 
やがて赤いコスモスも散り
気化した命は寒風となる
広げた両手はかじかんで
ねえ、あなた、寒くない?
ぼくの手はかじかんでしまって
ねえ、あなた、冷たくってごめん
 
 
僕の両手は老いさらばえて
樫の木のように硬くこわばった
口元にはあいもかわらず
JOYということばが
はりついているけれど
指と指の間から漏れる
冷たい雫が種を凍えさせるのだ
光も少しはあるけれど
そりゃあ少しはあるけれど
 
霜が降りた白々しい朝の道を
子供らが嬉しそうに踏んでいく
真っ赤な頬はいっそうまぶしく
ふじりんごおいしいよ
ふじりんご
 
声をかけたくなるのだが
「ふじりんごおいしいよ」という
わいせつな声かけ事案が発生してしまうので
僕は私は口を固く結ぶのだ
への字にきゅっと
結ぶのじゃ
結ぶ、のじゃ
 
ゆらゆらと雪
鳥の声
しんしんと日差し
郵便配達員
黒々と人
急ぎ足
 
転んだ誰かが落としたJOYを
別の誰かが知らずに踏んで
私はただただ可哀想にと
咲くかわからぬ土にこぼすだけ
いつしかそれが私のJOYじゃよ
誰にも見えない私のJOYじゃよ
 
種よ種よ
君の顔が見たい
かわいくつよく土を裂いて泣く
朝の君の顔が見たくって
幾日待ったか幾日過ぎたか
私という一本の樫は
春を待たずに立ち枯れたのだ
何をもなさずにただ枯れたのだ
 
「終わってんな」
みずみずしい声が聞こえる
「終わってってんだよ」
声にならない声で応える
 
JOY! JOY! JOY!
 
土に還ったしゃれこうべ
今やなんにも望みを持たず
夏を夢見ることをもなしに
ひまわりの種を温めるだけ
 
死の熱に土は雪を溶かして
時はいまこそ春真っ盛り
狂乱する人どもをよそ目に
ただ轟々と花吹雪
ただ轟々と、花吹雪

 
 
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